私の履歴書 シリーズ1  森林 貴彦:エンジョイ・ベースボールを合言葉に

(インタビューアー:五十嵐 幹(いがらし みき))

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森林 貴彦(もりばやし たかひこ)
慶應義塾普通部から慶應義塾高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科卒
卒業後、NTTに入社。その後筑波大学で教員免許を取得し、現在は慶應幼稚舎の教員を務める傍ら、慶應高校野球部の監督として広尾と日吉を行き来する日々を送る

塾高野球部の学生コーチに没頭した4年間。高揚感が忘れられず会社員を辞め教員の道へ
五十嵐:慶應大学卒業前のくだりから、現在のことについて教えてください。

森林:普通部からお世話になって、それから塾高で6年間野球部に所属してました。大学では法学部法律学科に進みましたけれども、並行して母校の、塾高の野球部の学生コーチをやらせてもらった4年間で、それが学生生活の一番中心だったと言っても過言ではないという生活でした。

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大学4年生の最後のシーズンが、後輩達が神奈川県大会で準優勝して、それを最後にその後はビジネスの世界に入ろうと区切りをつけてNTTに入って3年間サラリーマンをしました。

その3年間の中で、やっぱりビジネスの世界で自分が生きていくのか、それとも、やっぱり大学生の時の4年間の、熱いというか充実した生活っていうのと比べてしまうと、やっぱり野球の世界に戻ろうかなと思いました。

五十嵐:その戻るきっかけって何ですか?

森林:大学4年生の時の最後の後輩達の大会っていうのがすごく強烈で、その時の7月の1ヶ月間の高揚感っていうのは少なくとも3年間のサラリーマン生活の中では全くなかったし、今後の生活の中でもこのままだとこういうのはなかなかないのではないかと思って。

五十嵐:でもいわゆる20代前半の社会人って、楽しくなっていく時期でもありますよね。恋愛であったり、旅行に行ったり、仕事が分かってきて後輩も出来たりして。それを捨てるというのは自分の本心に気付いたって感じなんですか?

森林:そうですね。やっぱり3年間サラリーマンとかビジネスの世界を覗いてみて、でもこっちの世界じゃないなっていう事に気付いたというか、そういう期間でしたね。

僕はもう完全に学生に戻ったので収入もなくなるし、学生に戻って教員免許取った後の保証も何もないっていう世界に戻ったから、いわゆる転職ともちょっと違うので、そこはよく決断したねとは言われましたけど、でも自分にとってはもうこちらの道に進もうという明確なものが見えて、それは自分の中で決断したものだから別に何ももったいなくも辛くもない。当たり前の決断をして一歩踏み出したという事ですかね、自分としての感覚は。

だからもう教員免許も取って、それからスポーツコーチングの勉強もしてっていうのが全部もう一回やり直そうっていうので3年間筑波に行きました。

たまたま募集のあった慶應幼稚舎の体育教員。魅力的な職場だと気づき、高校野球部監督との二刀流を決意
五十嵐:そこから大学の方に行かれて勉強してきたわけですけども、とはいえそこから母校の教員になるという選択は選べるものなのですか?

森林:筑波に3年行ってる間に教員免許を取って、それから修士課程でスポーツコーチング学んで、最終的には母校で教員やりながら監督やれたらいいなぁという青写真を描きながら筑波で生活してたんですけれども、その3年目、いよいよ公立の試験を受けようとかいった時に、慶應義塾の幼稚舎っていう小学校で体育先生の募集っていうのがあって。

同じ慶應だし、幼稚舎で、今の所あまり考えてなかった場所だけど、まずは慶應に入るというのも一つの手かなと思って。それに運良く通ったことがきっかけで幼稚舎の教員としてお世話になる事になりました。

五十嵐:一方でいつかは、当然高校野球のコーチをやるという事で慶應高校に先生として戻りたいっていうのもあるじゃないですか。今、幼稚舎の先生としてずっといらっしゃるという事は、楽しいという事なんですね?

森林:そうですね。一教員として幼稚舎っていう職場は大変魅力的で、一人一人の裁量が本当に大きいので、今、私担任やってますけれども、やはり授業の進め方からクラスの運営の仕方から、もう本当に個人に任されているので、これだけやりがいのある教員の職場っていうのはなかなかない、素晴らしい職場と思ってます。

それと並行して野球をどういう風にやっていくかっていうので色々思い悩む時期もありましたけど、今はもういわゆる二刀流じゃないですけど、幼稚舎の教員として担任をやりながら、塾高の野球部の監督もするという生活を今、5年目をやってる形になります。

野球部の監督っていうのは結論から言うと自由というか任意でやっています。幼稚舎の教員が空き時間で塾高野球部の監督をしているらしいみたいな、そんな感じです。

五十嵐:そういう面では教員と監督の二足のわらじという事ですけども、幼稚舎の教員になられてからすぐ高校野球のコーチにも戻られたという形になるんですか?

森林:最初のうちは結婚もしましたし、幼稚舎の教員の仕事にも慣れていかなきゃいけないので、週末に行ける時に行くっていうような形の、少しゆるい形のコーチからまた入っていきました。

部員・コーチに任せることでやりがいを引き出し、いいサイクルを回していく

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五十嵐:コーチになった時から現在までのくだりがみんな聞きたい事じゃないかなと思っていて、僕らOBとしても、慶應高校野球部が強くなったなっていうのは非常に感じていています。、とはいえ何らかの起点があったはずで、初めから強かったわけではないという印象もあるんですよね。力が付いてきたという事だと思います。そのために出発点から今までにやった事とその背景は何でしょうか?

森林:一つは高校の入試制度が2003年から変わって、推薦入試というのが始まりました。その1期生っていうのが2005年の春の選抜に45年ぶりに慶應が出た、前監督の上田先生の時です。、一つ大きなきっかけとしては入試制度が変わったというのは事実としてあると思います。それに加えて、私が変えた事は部員とか、学生コーチに今まで以上にもう一段任せるようにしたっていう所が大きいかなと思います。

私自身も学生コーチをやっていて、やはり前監督にも色々と権限を与えてもらって任せてもらって、それによって自分のやりがいが高まって、ますますのめり込んでいくというようなサイクルを自分でも感じていたので、思い切って彼らに任せる部分を大きくしようと思いました。

そう思うようになったのは、一つは私自身が一人で出来る事に限りがあると思っているので、全知全能でもないし、俺の言う通りにやっていれば甲子園に連れてってやるとも全く思ってないし、それよりも一人一人が持てる力を存分に出す、存分に出しやすいような環境を作る、整備するという事の方が監督としては大事な仕事なんじゃないかなっていうのを、コーチとか助監督をやりながら、色んな組織を見ながら感じてきてたので。ある意味好きにやってもらって、責任はこっちで取るからとにかくもうそれぞれ好きにやんなさいっていうような基本スタンスで臨むと。そこら辺は前監督の時よりはガラッと変えた所じゃないかなと思います。

“エンジョイ・ベースボール”の解釈は押し付けではなく、共有する。
五十嵐:いわゆる経営的に言うと、権限委譲して現場を鼓舞して自立的な組織を作っていくという事でだと思います。とはいえ監督の考えの一貫性を守るために絶対「ココぶらすな」って視点もあったと思うんですが?

森林:慶應の野球でエンジョイ・ベースボールという言葉があって、そういった所は全くぶらすつもりはないですし、ただ、例えばどう解釈するかっていうので色々ミーティングを開いて、私自身の考えとか信念、哲学みたいなのは出来るだけ共有はしていきました。それをみんなにすり込んで「同じように考えろ」じゃなくて、僕はこう思うから共感する所は共感してくれればいいし、でもいやいや僕はこう思ってます、私はこう思ってますっていうのももちろんあっていいと。

ただ例えばエンジョイ・ベースボールというのも、草野球的にその場を楽しむという事じゃなくて、自分の技量を上げて、チームとしての強化をして、それによってより高いステージに立って、高いレベルの野球をやればもっと楽しいよっていう、高い山に登ればもっといい景色見られるんだからもっと高い山登ろうよっていう解釈を私はしているので、僕はそう思ってるよっていう話はしました。そういう形の思いや哲学の共有っていうのはもちろんしました。

五十嵐:これいわゆる経営で言うと、ミッション、ビジョン、バリューという領域になってくると思うんですけども、徹底してくために文書化もされたんですか?

森林:それはこの5年間の中で少しずつやってきてます。その時その時で私が思ってる事を伝えても、体系的に1年2年経つと、その子達は全く知らない状態になってるので、それを私が思ってる事をもう少しまとめていってという事をしなきゃいけないと思ってて。そんな中で本を執筆するっていうような機会を頂いたので、今まさにそれをまとめるような作業に取り掛かっております。

五十嵐:発刊はいつですか?

森林:今年の9月14日に出します。

五十嵐:言語化されていくと、さらに組織が強くなっていくという事で、ますまず継続的に強くなっていくチームが生まれる、そんな風に僕も思うんですが?。

森林:そうですね。私がいない時間とか行けない日は結構あって、けど最近思うのは私がいてもいなくても同じように回る組織というかチームじゃなきゃいけないなと思ってて、監督が来るとみんなシャキッとするとかピリッとするとかじゃなくて、僕自身カリスマ的な存在になりたいわけじゃないので。先ほどから色々組織論って言われてますけど、本当に会社の経営とか組織論とかっていうのを今、私自身本当に学びたいと思ってて、それがもうそのままチーム運営に役立つ事ばかりかなと。

「自我作古」の精神で、野球界の変革に挑む

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五十嵐:そういう面では僕らの世代はどちらかというと蝮谷を徹底的に走らされたていた世代で、論理性よりも精神論を重視していた時代だと思います。同級生の神武君は慶應SDM(大学院システムデザイン・マネジメント研究科)の教授として慶應スポーツSDGsなどを推進していて、体育会への科学的なアプローチの導入支援をしています。森林さんも一緒されているそうですね。そういう要素もあるんですか?

森林:まさにそれはありますね。
ただ根性とかそういうのじゃないよねって言ってくれたのが私の前監督ですし、前時代的な野球部と、それを変革しつつある野球部の両方を過渡期を経験出来たので、やはり改革する方向にいなきゃいけないし、慶應義塾というのは当然そこの先頭に立っているべきだと思っているので、ちょうど今、私がいる高校野球という世界が、古い、固い枠組み、がっちりしている中で変に出来上がっちゃっている世界ですから、それをぶち壊すまでいかなくてもその枠をちょっと取っ払うとか視野を広げるとか、そういう仕事はやはり率先してやるべきだろうなと思っているので、そういう責任感は勝手に感じてます。

五十嵐:それはいわゆる慶應の言葉で「自我作古」に近い部分もあると思うのですが、同窓会的な視点でいくと、ある面、僕らの世代になってくると、慶應が言ってた事やっと分かったなって。僕自身もやっと「こういう事ね」みたいなのを気付きつつあるんですけど、そういうような高校時代や大学生活で何気なく接していたものが、自然に出てくる感じなんですかね?慶應の高校の良さにも繋がってくると思うのですが。

森林:そうだと思います。私の場合まさに今も慶應義塾の中にいて、色んな考えに触れる機会は継続的にあるので、やはり自分が先導者になっていきたいっていう思いと、並行してそういう人を育てていきたいっていう、それは幼稚舎生の担任としてもそうですし、野球部の監督としてもそうですし、両方が同時進行で行ってる感覚ですね。

分かりやすい所で言うと、例えば質を追求する所とか、メンタルの部分で言うといかに心を整えるかとか、そういう色んなテーマが出てくると思うんですけれど、練習量とか練習環境とか選手の素質・素材とかで上に立つというのはなかなか出来ないので、自分達の強みを見つけてそこをどんどん伸ばしていくという考え方ですね。

五十嵐:ありがとうございます。ところで、大学時代はどういう学生だったんですか?

森林:三田の3、4年の時は、法学部法律学科の今でもいらっしゃいますけど田村ゼミという所にお世話になっていて、三田のグループ学習室、グル学と言われていた所に溜まってディベートの準備とかして、そういう方も真面目にある程度はやらせてもらって、アカデミックな方も私がリーダーではなかったですけどもだいぶ刺激は受けて。当時から二刀流じゃないけど両方頑張るみたいな所はすごく、自分の中で1個頑張るのは当たり前だから2つは頑張りたいなぁみたいなそういう欲張りな所はあったと思います。

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五十嵐:ところで三田と言うと、ラーメン二郎は外せない話題ですが、よく行ってました?

森林:ラーメン二郎は4年生の後半ぐらいになって良さが分かりました。それまで行列が嫌いというかあんまり時間がなかったんで、なんで並んでまでとかって思ってたんですけど、でも並んでまでやっぱり食べるもんだなっていうのが4年の最後くらいで分かりました。

五十嵐:高校野球とラーメン二郎という視点では高校球児にも、食べさせた方がいいんですかね?

森林:それは真面目な話で(笑)?でも胃腸を鍛えるためには若い人はいいかもしれないですよね。もう僕ら世代だと翌日以降ちょっと心配な感じになりますけど。あとあのボリューム感とか、食事も戦いだみたいな感じはいいかもしれません。食べ物への闘争心を。

五十嵐:磨くという事で。食事も勝負時だと。

森林:そうですね。軽い気持ちでは臨めないので真剣勝負って事ですね。

五十嵐:僕らの学生時代は、当時ラーメンを残すとオヤジに怒られましたからね。今はもうだいぶゆるくなってるんで。

森林:そうなんですか?

五十嵐:普通の人とかが食べログとか見ていっぱい来ちゃうんで。

森林:じゃあオヤジもだいぶ丸くなったわけですね。

幸せ感が増す同窓会活動に
五十嵐:最後に、COVIDの影響で同窓会25周年も難しい局面にあります。、同窓会メンバーとか事務局のメンバーに、何らかの応援メッセージを頂けると非常に助かります。

森林:この同窓会、精神的に大きな刺激になって「あいつもこんな頑張ってる、じゃあ私も」っていう所もありますし、何よりも戻る所としての安心感があって、そういう重層的な喜びを感じられるっていうのはこの同窓会だと思うんで、なんとかもっとより厚みを増すような、幸せ感が増すような同窓会活動になっていくといいと思いますし、今回がそういう良いきっかけになると思うので、是非そこは期待していますし私自身も少しでも貢献したいと思っています。

インタビューアー : 

五十嵐 幹(いがらし みき)

慶應義塾大学経済学部卒業
株式会社クロス・マーケティンググループ 
代表取締役社長兼CEO